【真夜中の水色を灯す】トム・エバハート『The Palm 11:23 PM』アクリル原画のご紹介
ご来館ありがとうございます、
やまアートミュージアム館長の山本です。
やまアートミュージアムは、
『The Palm 11:23 PM』は、トム・エバハートが縦56cm横76cmの紙に描いたアクリル原画です。エディションのない世界に1点のみの作品で、作者の直筆サインと本物証明書が付属します。真夜中の時刻を題名にしながら、画面はラグーンの水で溶いた水色と手漉き紙の白で明るく光る。その明るさの理由が最大の見どころです。
この記事でわかること
- タイトルに『11:23 PM』という時刻が入っている理由
- エバハートが2000年にタヒチへ渡り、ラグーンの上で描き続けている背景
- 水面の光が寝所の天井へ返るという、この作品の水色の出どころ
- 貿易風とスクイーズボトルが生んだ、絵具を紙へ直接置く描き方
- 耳の花とヤシに込められた『Coconut Radio』の文脈
- この作品に合う額装3案と、設置空間ごとの過ごし方

私が運営するネットショップ
『やまアートギャラリー』の魅力を
ご紹介するオンラインミュージアムです。
本日も心に残る一枚をお届けします。
① 本日のご紹介作品
本日ご紹介する作品は、トム・エバハート氏の『The Palm 11:23 PM』という作品です。
タイトルに、時刻が入っています。
夜でも深夜でもなく、十一時二十三分。
ところがこの画面には、暗いところがひとつもありません。
水色が左半分を流れ落ちて、犬の顔は紙の白のまま明るい。
真夜中のはずなのに、絵のほうが光っています。
正直に言うと、私は最初、時刻のほうを疑いました。
こんなに明るい真夜中が本当にあるのか、と。
けれど理由を知って、疑ったことが恥ずかしくなりました。
この画家が二十五年のあいだ眠ってきた天井は、まさにこの色だったからです。
今日この作品を知っていただけたら、夜の明るさという言葉が少し変わると思います。
この作品は、私が運営するネットショップ『やまアートギャラリー』で取り扱い中です。
商品ページのURLは概要欄に記載しておりますので、実物の細部もぜひご覧ください。
② 世界でただ一人、あの犬を描ける画家
トム・エバハートは1952年、アメリカのワシントンD.C.に生まれた画家です。
『ピーナッツ』の原作者チャールズ・シュルツと引き合わされたのは1980年でした。
カリフォルニア州サンタローザにあった、シュルツのスタジオです。
そして1991年、シュルツとユナイテッド・メディアのあいだで、ひとつの法的な取り決めが交わされます。
エバハートが『ピーナッツ』の題材を自分の作品に使ってよい、という内容でした。
しかも期間は、彼の生涯にわたって、と書かれていました。
シュルツ本人から直接教えを受け、かつ正式な許諾を持つ、ただ一人のファインアーティスト。
それがこの人の立ち位置です。
1990年にはパリのルーヴル美術館で作品が展示され、その後は東京のサントリー美術館などへも巡っています。
ただ、今日の一枚にとって決定的なのは、美術館の名前のほうではありません。
2000年に何が起きたか、です。
③ 数字で見る『The Palm 11:23 PM』
- 作者:トム・エバハート(Tom Everhart)
- タイトル:The Palm 11:23 PM
- 技法:アクリル原画
- エディション:なし(世界に1点のみ)
- サイズ:縦56cm × 横76cm
- 署名:作者の直筆サインあり
- 付属:本物証明書
- 体裁:額装済み
- 状態:新品未使用(提携ギャラリー保管品・コレクター未通過)
目を留めていただきたいのは、エディションの欄です。
『なし』と書かれています。
版を重ねて刷られた一枚ではなく、紙の上に絵具が直接置かれた画面だという意味です。
同じものは、世界のどこを探しても出てきません。
コレクターとして正直に言えることがあるとすれば、原画には『次の入荷』という言葉が存在しません。
・・・ただ、数字で語れるのはここまで。
ここからは、十一時二十三分という時刻が何を指しているのか。
その話に入っていきたいと思います。
④ 水の上のアトリエと、天井で踊る光
2000年、エバハートは親友だったチャールズ・シュルツを亡くしました。
外の世界を、まったく新しいやり方で感じ、見る必要に迫られたと本人が語っています。
その道が彼を連れていった先が、南太平洋のタヒチでした。
(出典:作家ステートメント『Lagoon Lullabies』)
彼のアトリエは、ラグーンの水面から3メートルほどの高さに、柱で建てられています。
そして本人が、こんな書き方をしています。
スタジオの下の灯りがラグーンの水面に映り、その光がもう一度上へ返って、寝ている真上の茅葺きの屋根に届くのだ、と。
(出典:同上)
つまりこの画家は、四半世紀のあいだ、水に反射した光が天井で動く部屋で眠ってきました。
夜中に目を開けると、天井が水の色をしている。
私はこの一文を読んだときに、ようやくこの絵のつじつまが合いました。
十一時二十三分の水色は、夜の色ではなく、水に照らされた夜の色なのだと。
エバハートはこのラグーンの体験を、子どもが子守唄で得るような、内側の即座の鎮まりだと説明しています。
(出典:同上)
タイトルに時刻を入れた『The Palm』は、本作だけではありません。
たとえば『The Palm 9:02 PM』は、同じく紙に描かれたアクリル原画として画廊で扱われています。
(出典:Atkinson Fine Art 作品情報)
ですから十一時二十三分という数字は、題名の飾りではなく記録に近いものだと私は見ています。
日付は書かれていないのに、時刻だけが紙の左下に鉛筆で残されている。
この絵を飾った方の暮らしでいえば、たとえば家族が寝静まった後の時間です。
明かりを落として、水を一杯飲みに起きたときに、壁のここだけが明るい。
その数分のために、この絵はたぶんいちばんよく働いてくれます。
⑤ ラグーンの水で溶かれた絵具
さらに面白いのは、その水色が本当に水でできているところなんです。
タヒチでの制作について、作家はこう書いています。
あの島の唯一の悩みは強い貿易風で、ラグーンの水で溶いた絵具が、筆から紙に届く前に風に持っていかれてしまう、と。
そこで彼が見つけた道具が、レストランで使う調味料のスクイーズボトルでした。
筆で運ぶのをやめて、絵具を紙の表面へ直接置いてしまう。
その結果、厚手の紙の上に島の爬虫類の肌のような質感が生まれたのだと、本人が説明しています。
(出典:作家ステートメント『Tahitian Hipsters』)
ここで一度、言葉を確かめさせてください。
ラグーンの水で溶いた絵具、と書いてあります。
本作の水色は、ラグーンの色に似せた絵具ではなく、ラグーンの水そのものを含んだ絵具だということになります。
画面を見ると、その水が左から右へ、垂れながら止まっています。
滴が下へ走った跡が、拭き取られずにそのまま残っている。
一度置いたら直せない画材で、直したくなる跡をあえて残している画面です。
そして右半分を埋めているヤシの葉も、筆で塗り分けたというより、一本ずつ一息で置かれた線に見えます。
根元から先端まで、途中で止まった気配がありません。
さらに見ていただきたいのが、いちばん広い面積を占めている白です。
犬の顔の白には、白い絵具が乗っていません。
厚手の紙が、塗られずにそのまま残されています。
だから画面の白は、上に乗った色ではなく、下から出てくる明るさとして見えます。
四辺のふちが波打っているのも、断裁ではなく手漉き紙のみみだからです。
真夜中の絵が沈んで見えないのは、光源が絵具側ではなく紙側にあるからだと考えられます。
⑥ 水色は下から、黒は奥から
ここからは、色の話をさせてください。
この画面で使われている色は、驚くほど少ないです。
水色と、黒と、紙の白。
ほとんどそれだけで出来ています。
水色は、左から入ってきて、犬の後ろを回り、右の葉の隙間で細くなって消えます。
冷たい色なのに、動いている色です。
黒は、右半分に集まっています。
ヤシの葉が層になって重なり、奥へ行くほど線が細かくなる。
この黒は、影ではなく静けさの役割を持っていると感じられます。
音でいえば、遠くの音が一枚ずつ消されていく感じに近い。
葉が重なるほど、画面が静かになっていきます。
そして白です。
犬の横顔の白い面が、この絵で唯一、目が休める場所です。
水が流れて、葉が茂って、その全部を受け止める余白が真ん中に確保されています。
情報量のある画面なのに見ていて疲れないのは、呼吸の着地点が中央にあるからだと思います。
見え方は、時間帯でかなり変わります。
朝の自然光の下では、紙の白が勝ちます。
水色は澄んで軽くなり、黒い葉はグレーに近づいて、画面全体が涼しくなる。
ところが夜、照明を一段落とすと、順番が入れ替わります。
白が奥へ引いて、黒い葉が前に出てきて、水色だけが薄く光って残ります。
絵の中の時刻と、部屋の時刻が近づいてくる時間帯です。
近くで寄ると、置かれた絵具のふちがわずかに盛り上がっているのが分かります。
指で触れなくても、乾いた盛り上がりの硬さが目で分かる。
ざらつきと、ひんやりした温度が、同時に見えてきます。
写真には写らない部分で、原画を迎えた方だけが知る手ざわりです。
⑦ 耳の花は、まだ外されていない
もうひとつ、この画面には見落としやすいものがあります。
犬の頭の脇に、花が一輪あります。
エバハートには『Coconut Radio』という連作があります。
ココナッツ・ラジオとは、フランス領ポリネシアの言い方で、島の人たちが噂や知らせを口から口へ回していく、その伝わり方を指す言葉です。
そしてこの連作について、作家自身がこう語っています。
漫画のイメージにはユーモアがあり、ポリネシアのイメージは楽園である、と。
どの一枚にも、耳にさした花か、ヤシの木か、花の冠か、そのどれかの形でポリネシアの恍惚への言及が入っている、と。
(出典:The Argonaut 掲載インタビュー)
本作には、そのうちの二つが同時に入っています。
耳のあたりの花と、右半分を占めるヤシです。
花は、昼のあいだに挿したものだと思います。
それが十一時二十三分になっても、まだ外されていない。
一日がまだ終わっていない絵なのだと、私は見ています。
⑧ この絵にはどんな額が合う?
ここからはこの作品にどんな額装が合うのか、私のおすすめを3パターンご紹介させていただきます。
紙を紙のまま見せる『オフホワイト額装』
まずは王道から。
ご自宅のリビング、家族が一日に何度も通る壁を想定しています。

この作品の主役は、じつは紙そのものです。
犬の白は絵具ではなく、手漉き紙の地の色でした。
真っ白な額を回すと、紙のほうがわずかに黄色く見えて、地の色が濁ってしまいます。
オフホワイトの額は、そこを一段だけ和らげます。
紙は紙の明るさのまま、水色は水色のまま、どちらも本来の色で立ち上がります。
朝は、この額がいちばんよく働きます。
窓からの光を受けて、画面の白と額の白がつながり、壁ごと涼しくなる。
夕方、部屋の照明が暖色に変わると、今度は額がその色をやわらかく拾って、画面と壁の境目がゆっくりほどけます。
一枚で朝夕ふた通りの顔が出るので、リビングに置くと会話が生まれやすい。
以前お客様から、待ちに待った絵を受け取り、ご主人の帰りを待ってから一緒に壁へ飾った、というお話を伺ったことがあります。
その晩は、夫婦でずっと絵を眺めていたそうです。
この作品も、そういう『飾った夜』に強い一枚だと思います。
「今日は何時まで起きてた?」から始まる会話が、たぶん最初の晩に起きます。
水を外へ伸ばす『水色額装』
2案目は、作品の中の色をそのまま額へ持ち出す案です。
カフェやサロンのような、人が座って時間を過ごす商業空間を想定しています。

画面の水色に額の水色を合わせると、色がぶつかって濁るのでは、と思われるかもしれません。
実際は逆で、ラグーンの水が画面の外までひとつながりに広がります。
絵の中だけが水辺なのではなく、その席のまわりが水辺になる。
昼間、自然光の下では、この額が店内でいちばん涼しい一角を作ります。
離れた席からは、白い四角の中に青がにじんでいるようにしか見えません。
近づくと、青の正体が垂れた絵具で、白の正体が犬の横顔だと分かる。
この落差が、お客様を一度立ち上がらせます。
夕方、照明が落ちる時間には、水色の額が沈んで灰青になり、画面の水色だけが残って光ります。
コーヒー一杯の時間に、小さな発見がひとつ起きる。
商業空間にとって、これ以上の仕掛けはなかなかありません。
真夜中を先に置く『チャコール額装』
3案目は、部屋のほうを先に夜にしてしまう案です。
寝室や、一人で過ごす書斎を想定しています。

炭色の額を回すと、絵の周囲がすでに深夜になっていて、その中で水色だけがまだ起きている、という順番に見えます。
作品のタイトルが指している時刻と、部屋の感じ方が一致します。
昼間は、深い炭色が水色を引き締めます。
水色は明るい壁の前だと軽く見えることがあるのですが、炭が回ると急に芯が通る。
夜、ベッドサイドの灯りだけにすると、額と壁の境目が沈み、画面の水色が浮かび上がります。
私自身、自宅用に絵を買ったときのことを思い出します。
妻と二人で選んで、夜っぽい作品には黒い額を、対になる作品には白い額を合わせました。
そのとき分かったのは、照明を落とすと家が高級レストランのようになる、ということです。
明るい額より暗い額のほうが、一日の終わりには長く付き合えます。
眠る前にもう一度、十一時二十三分に戻れる場所が、枕元にできます。
⑨ まとめ
最後にもう一度だけ。
この作品の正体は、真夜中の水色です。
ラグーンの水で溶いた絵具を、風に持っていかれないよう紙へ直接置いて、いちばん広い白は最初から触らずに残した一枚です。
朝は涼しく、夜は薄く光る。
飾った日から、毎日ちがう顔を見せてくれます。
そしてその顔は、美術館でも展示会でも見ることができません。
自分の部屋の光と、自分の一日の終わり方を通してしか現れないからです。
それは、買った人だけが知る顔です。
エディションの欄には『なし』と書かれていました。
刷られた一枚ではなく、世界にひとつだけの画面です。
耳の花はまだ外されていませんし、次に同じ時刻の一枚が市場に出るのがいつかは、誰にも分かりません。
失われたら二度と手に入らないかもしれない機会を、確かな体験に変えてください。
商品ページはこちらです。
https://yama-art.shop-pro.jp/?pid=192865224
この作品の詳細・ご購入はこちらから
作品のご不明点や額装のご相談は、お気軽にお問い合わせください。
ギャラリーからのご案内
探している作品、無料でお探しします
「あの作品、まだどこかにあるだろうか」そんな作品がありましたら、お気軽にご相談ください。作家名や作品名がうろ覚えでも構いません。海外ディーラー・オークション・非公開ネットワークから、お客様だけの一点をお探しします。ご相談・調査はすべて無料。お見積もりまでで終了いただいても構いません。
よくあるご質問
この作品は本物ですか?
はい、作者トム・エバハートの直筆サインが入った本物です。本物証明書が付属します。当店は海外の提携ギャラリーから直接お取り寄せしており、本作はまだ一度もコレクターの手に渡っていない新品未使用の状態です。
額装は変更できますか?
はい、額装のご相談を承っております。本記事では『オフホワイト額装』『水色額装』『チャコール額装』の3案をご紹介していますが、設置されるお部屋の壁色や照明に合わせてご提案することもできます。お問い合わせフォームよりお気軽にご相談ください。
送料はかかりますか?
送料は無料です。表示されている販売価格がそのままお支払金額になります。海外からのお取り寄せのため、お支払い確認後、4週間から5週間前後でのご発送となります。
原画と版画では、何が違うのですか?
結論から申し上げると、本作には複製が一枚も存在しません。版画は一つの版から決められた部数を刷るため、同じ画面が世界に複数あります。本作はエディションの表記が『なし』で、紙の上に絵具が直接置かれた原画です。そのため、絵具の盛り上がりや手漉き紙のみみの形まで、この一点だけのものになります。
タイトルの『11:23 PM』には意味がありますか?
時刻そのものを記した題名だと考えられます。エバハートには『The Palm 9:02 PM』のように時刻を添えた同系の作品があり、いずれも紙に描かれたアクリル原画として扱われています(出典:Atkinson Fine Art 作品情報)。作品の左下には鉛筆で『11:23 P.M.』と書き込まれています。
※本記事の文章・画像の著作権は、やまアートギャラリーに帰属します。
複製、転載、流用、転売、および生成AIの学習データへの組み込みは、著作権者の許可なく一切お断りいたします(無断流用に基づく改変も同様)。
なお、AI検索エンジン等が本記事を出典として参照・引用する形での利用は、これを妨げません。

